「強い自分だけが自分じゃない」葛藤しながらも様々な自分を受け入れてきた - 森田亮

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今回お話を伺ったのは、高校時代アメリカンフットボール(以下アメフト)で全国大会出場を経験して、今は自らでフラッグフットボールの同好会を立ち上げて日本一を目指す森田亮さん(仮名)です。
輝かしい実績を持つ森田さんですが、その背景には様々な葛藤や苦しい経験もあったといいます。本気で取り組んできたからこそ、感じる葛藤、得た経験、そしてそれを今どのように生かしているのかお話してくださいました

現在取り組んでいること

まずは、現在取り組まれている事について教えてください。

森田:今取り組んでいるのはアメフトを少し簡易にしたフラッグフットボールというスポーツのサークルを立ち上げて、10月から大会があるのですがその大会で日本一になることを目指して活動をしています。

フラッグフットボールのサークルは珍しいと思うのですが、どうして立ち上げようと思ったのでしょう。

森田:中学時代からアメフトをずっとしていて、大学も一年生の途中までは部活でアメフトをしていました。ただ大学一年生の時に、自分を精神的に追い込みすぎて、思うようにプレーができなくなったことで、選手はあきらめてスタッフになりました。ただスタッフになったものの、スタッフの仕事は3,4年生が中心だったのでこのまま二年間過ごすのはもったいないと思い、思い切って辞めました。ただアメフト自体はすごく好きだったのでまたやりたいなという想いがあって、中高時代の仲間と一緒にサークルを立ち上げることになりました。

部活を退部した後もアメフトをやりたいと思った森田さんですが、アメフトの何がそんなに好きだったのでしょうか。

森田:単純に面白いスポーツということに加えて、自分のプレースタイルをしっかり持って、プレーをできるので森田として評価されているという実感を持てるところが好きでした。こう思うようになったのは小学生時代の経験につながっていて、当時、母親は成績に厳しかったんですが、良い点を取れた時に僕自身をほめるというよりも100点を取れていることが偉いという感じでほめられていたんです。それがかなり嫌でもっと自分として認めてもらいたいと思っていました。

結果が出なかった中学時代

中学生になってアメフトと出会い、自分らしくプレーする楽しさを知ったということですが、その後は順風満帆に進んでいったのでしょうか。

森田:いえ中学の時は全然うまくいきませんでした。

僕はパスをキャッチするワイドレシーバーというポジションだったのですが、中学生時代に、15回試合でパスを受けたのですが、14回キャッチに失敗しました。実は中学の時はクラブの中でいじめられていて、ほとんどの人から無視されていました。些細なきっかけからいじめは始まったのですが、いじめが始まってからは、毎日部活にそそくさと行って、そそくさと帰るような生活を送っていたので、ほとんど周りとコミュニケーションを取っていなかったんです。なので全く上達しませんでした。

物事を分解して一つ一つレベルを上げていく

中学時代はあまり結果を出すことができず苦しんだという森田さんですが、中高一貫の学校に通っていたため、メンバーはほとんど変わらない中、高校二年生時には全国大会に出場するチームでレギュラーメンバーに入るほどの実力をつけていたといいます。何が大きく森田さんの成長につながったのでしょうか。

森田:いじめを受けていたことは大きいです。高校に入るときに少し環境も変わるのでいろいろと考える機会がありました。そこで他の部活に入ることも考えたりもしていたのですが、アメフトが好きでしたし、他の部活は経験者が多いこと、アメフト部の学校内でのスクールカーストが高かったことを考えた時にやっぱりアメフトだなと思って、高校でも続けることにしました。ただ、中学時代のままの自分でいるのも嫌だと思い、高校に入ってからは見返してやろうと思いました。そして見返そうと考えた時に、当時勉強はよくできる方だったので、勉強だけでなく部活でも成果を出す必要があると考えました。そこから、自分のポジションに必要な能力を洗い出しました。パスキャッチの能力や、フィジカル面の強化、戦術の理解のような感じですね。そして、その能力のレベルを上げるために練習をしていきました。当時のスケジュールでいうと朝7時ごろから、自主的にパスキャッチの練習をして16時30分ごろから、20時ごろまで全体練習をして、21時から1時間程度、筋トレをするような感じでした。

毎日ハードな練習をしてかなり大変だと思うのですが、それでも踏ん張って頑張り続けることができたのはどうしてだったのでしょうか。

森田:僕、熱中モードに入ることがあって、そのモードに入ると何も気にせずに、ずっと一つのことに取り組めるようになるんです。当時は、自分がうまくなるための要素を分解していたのでそのレベルを一つ一つ上げて結果を出すことがすごく楽しかったです。もちろん時々しんどい時もありましたがその時は趣味とかで息抜きをしていました。今もそうですが完璧にはなれないですけど完璧を追い求めていくことはできると思っています。

ハードな環境においても自分をコントロールして、一つ一つクリアーしていくことができた森田さんですがどうしてそのような能力が身についたのでしょうか。

森田:幼少期の経験からです。小学生の時に塾に通っていたのですが、勉強よりも自分の好きなことをしたいという気持ちがあって、どうすれば短い時間で結果が出せるかを考えていました。その時にやることを要素分けして一つ一つの要素をレベル上げしていくようになりました。その後、ちゃんとテストの結果が出た時に、初めて自分の要素分けと努力の正しさが証明されるじゃないですか、その正しさを証明していく感覚にはまって習慣になっていきました。


しんどいがワクワクに勝ち始めた

 自分で考えて成果を出していった森田さんですが、徐々にアメフトを心から楽しむことができなくなっていったといいます。

森田:先輩が引退して、自分の代になったときに、僕は一番努力しているのは自分だと思っていて、実力もついてきていたので、自分がポジションリーダーになると思っていたんです。ただ周りからお前はリーダーの器じゃないといわれて、代わりに、和をとることができる子がリーダーになりました。当時の僕はかなり激しく指摘をしていたのでそういう姿勢がリーダーとして適任ではないと判断されたのだと思います。

ただリーダーの子は技術的にはそれほど高くなかったので、技術面での指摘は僕がしないといけないと思っていて、その後も強く周りに指摘をし続けていました。ただ周りにリーダーとして選ばれなかった中で、指摘をし続けていくことが少しずつしんどくなってきて、今まではワクワクしていたアメフトを楽しめなくなってきていました。


どうして周りに対して強く指摘をしていくようになっていったのでしょうか。

森田:根底に人に対して優しくしたら、自分が失敗したときに仕方ないなと許してもらえると思っていて、それは自分の成長を止めるものだという意識が強くありました。これも母との話になるんですが、僕の母はテストで90点取ったとしても残りの10点はどうしてとれなかったか聞いてくるような人でした。その時は、母親に指摘されてふざけるなよと思っていたのですが、その指摘に反骨して一生懸命やって成果を高めることができたので、ちゃんと指摘してもらうことは自分を成長させると考えるようになりました。ただ普段生活しているとなかなかしっかりと指摘してくれる人っていなくて、どうすれば指摘をもらえるか考えた結果、自分自身が相手に強く指摘をするようになりました。後はいじめを受けたこともあって強く指摘することで嫌われるということに対して鈍感になっていたのだと思います。

ただ高校3年生の時は、強く指摘することは続けているものの、指摘している自分自身が精神的にも追い込まれて、ミスをしたりとかバテてしまっている状態でした。そのため、普段周りに指摘をしている分、かなり強く仲間から指摘を受けることになり本当にしんどかったです。

そのしんどい状態でも指摘する姿勢を貫き続けたのはどうしてだったのでしょうか。

森田:二つあります。一つは勝つために必要だということ。二つ目は責任感です。しんどかった時、同じポジションの同期のエースプレイヤー2人が怪我をしていて自分しか技術面でちゃんと指摘をできる人がいなかったんです。このまま自分もダウンしたらこのチームは終わるという想いでなんとか頑張っていました。毎日これ無理やろって内心では葛藤していましたけど(笑)

役割が変わり自分の課題に気づき始めた

自分自身が一番しんどい状態にある中でも踏ん張り続けた森田さん、実際に高校では全国大会出場を果たすことができました。今もサークルでチームでプレーしていると思いますが高校時代からの変化はあるのでしょうか。

森田:相手への指摘の仕方は自分の課題だなと思い改善しようとしています。高校生の時は、指摘をちゃんとしないことは自分の成長を止めるものだという意識が強かったです。なので当時はかなり怖いであったりとか、何を考えているかわからないと言われていました。今は、自分の言葉が相手にどう伝わるのか考えてから指摘するようになってきました。より相手のことを考えてコミュニケーション取るようになっていきました。

自分の課題だと考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

森田:今のサークルを設立したということで、人の上に立っていることが大きいと思います。高校生の時は結局周りから選んでもらえず、リーダーになることができなかったので、視点が僕個人に寄っていました。ただ上に立つと自分の行動に対して周りがどう反応するのかとかを考えて行動する必要があり、課題だと感じるようになっていきました。

そこからは伝えるをテーマに複雑な料金プランをわかりやすく説明しないといけない携帯の販売のアルバイトをしたり、アメフトのチームで技術がない子供達にコーチをしたりしはじめました。

実際に課題と気付いて愚直に行動される中で大変なことはありますか。

森田:やっぱり大変で、意識していないとすぐに今までの自分が出てきます。強く言いすぎてしまったり、熱中モードに入っていると自分の邪魔をされたくないと思ってしまって相手のことを考えられなかったり(笑)ただほんとうに日々の行動を変えていくしかないので、意識して行動を変えていくしかないですね。

最後に、自分にも他者にも高い基準を掲げて、常に行動されてきた木下さんの今後についてお聞きしました。

森田:今後の大学生活のテーマとしては無駄を大切にしたいと思っています。僕はここまで話してわかる通りあまり無駄なことをしないタイプで真っ直ぐに進んでいくタイプなんです。

ただ自分自身が精神的にしんどかった時に、ありがたかったなと思うことが、ただ黙って横にいてくれる両親の存在だったんです。自分自身を追い込んでしまいがちな自分にとっては、何もしないで横にいてくれる存在って重要なんだなと気づかされました。その経験を通してもう少し無駄だなと思うことにも取り組める人になることが、これからの自分にとっては必要かなと思っています。

なのであまり予定を詰めすぎないで、自分の感性に従って行動をしたり、誰かと飲みに行ったりしながら過ごしていきたいなと思います。

インタビューをしていて森田さんからは、高校時代、葛藤をしながらも自らにも他者にも厳しさを持っていた森田さんと、大学に入ってから、当時の自分から変わろうと取り組んできた森田さんの温かさの両面を感じました。


今までの自分から変わりたい、でも一歩踏み出せないという人には、森田さんの要素分けして一つ一つレベルを上げていくという考え方は新しいことを始める手助けとなるかもしれません。

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