「オタクのオタクによるアイドルのための会社」を。アイドルのために立ち上がったオタク社長の挑戦。-岩上開人

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今回、株式会社reinno代表、岩上開人君にお話を伺いました。代表でありながら、好きなアイドルの公演には必ず行くほどの生粋のオタクであるという岩上君ですが、彼には夢中になれるものを失い、路頭に迷った過去がありました。一度頑張ることを辞めた彼が再び頑張る決意をし、自分自身の「好き」という気持ちにとことん向き合う現在に至るまでの軌跡を伺う中で見えた想い。そして、自分自身の目指す未来を心から楽しそうに語る彼の姿を見ながら、僕もその未来を応援したくなってしまいました。

現在取り組んでいること

岩上:早稲田大学4回生で、株式会社reinnoの代表を務めています、岩上開人です。

現在、アイドル領域で事業をしていて、具体的にはアイドルのプロデュースとwebサービスを展開するための準備をしています。


簡単に説明すると、Cloud ProductionというWebサービスで、物販や新規オタクの開拓、集客の支援などをオンラインで提供するというものです。


会社の立ち上げは2018年の12月で、当初は飲食店向けのwebサービスをしていました。


飲食店を利用したお客さんが自分のスマートフォンから料理の注文と決済ができるというサービスだったんですが、半年間走らせてみてもなかなかうまくいかず、苦しい状況が続いたんです。


そういう状況の中で、このサービスを今後も続けていくことに覚悟を持てず、自分が本当にやりたいことを考え続けた結果、今の事業に方向転換しました。


僕は中学生の頃からアイドルが大好きで、であればオタクとしてアイドル領域に対して、オタクだから気付ける視点で事業を創っていきたいと考えたんです。


岩上:高校までは事業なんてものには一切触れたことがなく、サッカー一筋でした。サッカーで食べていこうと本気で思っていたくらいだったんですけど、実はそのあとグレた時期があるんです。


怪我でサッカーができなくなり、突如頑張るものを失ったことで、何をして良いか分からなくなりました。他にしたいこともなく、半ばやけくそで、勉強も全くせずに遊び呆けて、当然のように浪人しました。


でも、このままの自分ではダメだと気付いて再び頑張りました。結果、大学に合格でき、大学にはサッカーに代わる頑張るものを探そうという気持ちで入学したんです。そこから、事業に限らず学生団体など、とにかくいろんなことに取り組みました。


役者をやっていたこともあります。そのうちの一つとして大学1年時に友達と一緒にビジネスをしていた時期があり、様々な経験をした中でもその時が1番楽しかったんです。


なので、その後就職活動を意識する時期になり、改めて自分の今後について考えた際に、独立して自分で会社を設立しようと思いました。今の事業に対する想いはまた後ほどお話したいと思います。

「自分の努力で夢を叶える」
プロサッカー選手を目指した中高時代

岩上:もともとプロを目指してサッカーに本気で打ち込んでいました。実は僕、小学生時代シンガポールに住んでいたんですけど、当時のシンガポールって日本みたいに遊ぶ場所がなかったんです。


なので、友達と遊ぶと言えば外で走り回るくらいしかなくて、放課後みんながやってたサッカーが楽しかった、というのが始めたきっかけです。それが小学5年生の時だったんですけど、そこからめちゃくちゃのめり込みました。


僕が入団したチームがたまたまクラブチームの下部組織だったので、間近でプロのプレーを観られる機会があり、シンプルに「プロってカッコいい、自分もこうなりたいな。」と憧れになりました。それくらいの単純な気持ちだったんですけど。


それと、僕自身が0か100かで考えがちで、やるんだったらその道を極める、中途半端にするくらいならやらないほうがいいと考えていたので、そういう性格の表れだったとも思います。毎日一人でボールを持って公園に行ったり、本屋に行ったらサッカーの本が置いてあるコーナーに2時間座り込んで読んだりとか、そんな毎日を過ごしていました。


その後、ちょうど中学生になるタイミングで日本に帰国し、入学した中学の部活に入部しました。チームは弱かったんですけど、神奈川県の選抜に選ばれるくらいにはなりました。部活以外の時間もひたすら一人で練習を続けていたので、周囲からはちょっと浮いた存在として見られていましたね。

岩上:高校でも同様に、僕以外にプロになろうと思って練習をしているチームメイトはいませんでした。


でも、自分の現在地とプロになるために必要な力とのギャップは明確に見えていたので、それを書き出して、本を見ながら自分でメニューを作り、日々それをこなしていました。


ゴールキーパーだったので、例えばジャンプ力を鍛えるために、砂場で裸足になり、蹴ってもらったボールを止める練習をしたり。基本的に一人だったので、「ちょっと手伝えよ!」って後輩を捕まえてました(笑)


僕が通っていた高校は一応進学校だったんです。先生、生徒含めほとんどが「いいところ(大学)に行くんだから、先輩を見習ってちゃんと勉強をしろよ!」というありがちな空気感で、そういった決められたものにただ従って生きていくことに対してダサいなという認識があったんですよね。


なので自分は「スポーツの道を突き進む人はいないけど、プロになった人もほとんどいないけど、そういう環境でも自分の努力で夢を実現してやる。」という気持ちがあって、それはモチベーションになっていました。

一緒に頑張る人が周囲にいない中、一人で練習を続けていたという岩上君。彼の「自分らしくいたい」という想いの起点やその原動力になっていたものはなんだったんでしょうか。

岩上:なんか、高校の先輩を見ているとちゃんと勉強して自分が目指す大学に入学してその後、輝いている人っていないなって思っていて。


せっかく頑張ったのに、大学入学するとみんな同じように遊んで、代わり映えのない大学生活を送って、それを見たときに、結局決められたルートをただ進んでいるだけだからそうなっているんじゃないかなと考えるようになったんです。


であれば、自分が本当にやりたいことに打ち込んで突き進んだ方がいいんじゃないかということで、進学校という環境の中でもサッカーを本気で頑張ることを選択しましたね。


おそらく人間誰しもがそうなんじゃないかと思うんですけど、自分は他人とは違うって思いがあると思うんですよ、自分は特別だ、とか。そういう思いを殺してまでみんなと同じように生きていくことが、当時プライドが高かった自分にとっては耐えられなかったというか、何としてでも自分らしさを発揮したいという思いがずっとありました。だから、ずっとプロを目指していたし、根拠もないけど自分ならできるんじゃないかと思っていました。


一人で頑張り続けることに対するしんどさはあまりなかったですね。できると信じていました。なぜ、と聞かれると理由を説明するのは難しいんですけど…なんかみんな大人になるの早いなあという印象があって、自分は少年らしく夢を追いかけていたいという思いはあったかもしれません。


というのは、シンガポールから帰国したときに、自分含めそれまで無邪気にボールを追いかけていた子供達と、日本人の子供達に感じたギャップがあって、日本人の方が早く現実を知ってどこかませているという感じたんです。


早く現実を知りすぎるが故にどこか冷めているというか、無理と決めつけるのが早すぎるというか。実際「あいつ何マジでプロ目指してんの?」とか「いや無理でしょ。」とか陰口もあったんです。


でも僕はそういうスタンスが好きじゃなくて、自分が言われて嫌だと思ってもいましたし、ダサいなと思っていたので、負けずに自分を貫き通そうということはずっと思っていました。


突如夢が途絶え、暗闇を彷徨う

岩上:でも、高校2年生のときにプロになるという僕の夢は途絶えたんです。ゴールキーパーだったので接触プレイが多く、背骨にヒビが入ってしまい。


その怪我が原因でプレーを続けることが難しくなり、辞めざるを得なくなりました。それまで人生をかけてきたサッカーの道が閉ざされたとき、この先どうやって生きていったらいいんだと行先が真っ暗でしたね。なので、他に頑張れるものを見つけることもできませんでした。


今まで努力してきた分、努力が無駄になったことを悲劇の主人公的に捉えてしまい、そこからグレるという方向に走りました。

岩上:グレたときは本当に結構やばかったんです(笑) ほとんどの友達が部活や塾で忙しい中、部活もしていないし、勉強もしていない人たちがちょっとだけいて、そういうこれまでも良からぬことをしてきた学生たちとつるむようになりました。


そこから気付けば、学校は午前中しか行かずに午後はサボって繁華街で遊んでいる、そんな高校生活になっていました。言えないようなこともたくさんしました。


その当時は、サッカーはもうできないし、それ以外にやりたいことも見つからなかったので、もうどうでもいいやと投げやりになってしまっていて適当に生きていました。


それで、たまたまつるむようになった友人と、そういう遊びをしているのがただただ楽しかったんです。何も考えなくていいんですよ。目標とかないですし、そのためにめちゃくちゃ努力することもないし、バイトもするようになったのでお金もあるし、これまで経験したことのない自由さと新鮮さが高2の僕にとっては楽しかったんです。完全に振り切って遊んでいました。

しかし、路頭に迷った彼は、そこから再び頑張ることを決意します。そのきっかけや背景にあった想いはなんだったのかを伺うと、見えてきたのは自分への期待でした。

自分は頑張ったら目標を達成できる

岩上:高校3年の秋くらいでした。僕がサッカーを頑張っていたときに、両親や部活の顧問は僕のことをすごく応援してくれていたんですね。でも、その人たちの僕に対する視線がだんだん哀れみみたいに変わっていると気付くタイミングがあって、ふと自分を客観視したんです。


そのとき、これまで自分が毛嫌いしていた人たちと同じような状態に自分自身が陥ってるなと気が付いて、今の自分ダサいなと思ったんです。このままじゃ絶対にダメだと、自分は頑張ったら特別な存在になれるという想いを思い出して、とりあえず目の前に迫っていた受験は頑張ろうと決めたのが改心したきっかけです。



「あいつ終わったな。」みたいな目で見られるんですよ。ずっと自分は頑張ることができるし、頑張ったら大きな夢を叶えられる、そういう存在なんだと思って生きてきたので、誰からも期待されなくなった現実と理想にギャップがありすぎる自分の状況に耐えられなかったんです。


そこから完全に切り替えたんですど、現役時代は当然受験には合格できませんでした。浪人時代は、ケータイからLINEも消して、一日12時間以上毎日勉強し続けました。


やっぱりやると決めたら徹底的にしたかったので、余計なことに意識が向かないよう、家から1時間以上かかる友達の全くいない予備校に通いました。当然しんどいこともあったんですけど、もうやるしかないという覚悟は決めていましたし、頑張りきれなくて「結局あいつダメだったな。」と言われるのも絶対に嫌だったので、なりふり構わず勉強しました。必死すぎて当時自分がどんなことを感じていたかとかは全く覚えてないんですよね(笑)


結果第一志望としていた大学に合格できました。本当に嬉しかったです。実は僕、試験前日に体調を崩して39度の熱がある状態で試験を受けたんです。ここまで頑張ったのに試験当日熱かよ、と思ってそのときめちゃくちゃしんどかったのはさすがに覚えているんですけど、1年間頑張りきったからにはという想いと、絶対に負けないという想いで試験を受けました。


最後まで頑張り抜いて、直前の困難にも打ち勝っての合格だったので、相当嬉しかったですね。

どん底から頑張り続け、目標を達成した岩上君。再び「自分はやれる」と信じられた彼は大学入学後も本気で夢中になれるものを探したそうです。

事業を作ること、
その面白さとの出会い

岩上:めちゃくちゃ頑張って掴んだ合格だったので、大学生活を絶対に無駄にしたくないなという想いが強くありました。


また、サッカーを本気で頑張り、一度頑張るものを失い、再び勉強を頑張って目標を達成したというここまでの経験から、何か本気で夢中になれるものがあることの大切さを知りました。


なので、まずは夢中になれるものを見つけるために行動して、様々経験を得ようと考えたんです。大学1年のときは学生団体とスキューバダイビングサークルで活動をしました。


これまで、いわゆる意識が高いと言われるような活動をしたことはなかったので、学生団体での活動を通してそれに面白さを感じるようになったんですけど、0か100かで言うと僕の中ではその活動って100%やりきっている感覚がなくて、どこか学生だからと割り切っているように感じるところがあったんです。であれば、自分が責任を背負ってやるほうが本気さが感じられるなと思って、1年の12月に友人と事業を始めました。


そのときに立ち上げた事業は政治家の広告代理や、政治のwebメディアでした。SNS運用の代行をしたり、PR動画のプロデュースしたり、政治という若者にとって難しいトピックスを若者が関心を持てるような形にアレンジして発心していくというコンセプトで取り組んでいました。


僕が心からそれをしたかったというよりは、政治に興味関心の高い友人がいて、それに事業をしたかった僕が乗っかって始めた感じです。なので当時は経営者的な仕事ではなく、イベントの設計や現場のディレクションを主にしていました。


そこから3年の夏くらいまで続けたんですけど、ちょうど就活を意識したり、インターンに参加したりする時期になり、自分の将来を改めて考えたんですね。


そのときに僕にとっては起業が1番面白かったな、ということで今後は独立してやっていこうという結論に至り準備を始めました。その後に立ち上げたのが冒頭でお話しした、飲食店向けのサービスになります。

しかしその後事業は大きく方向転換することに。その背景には当時の事業に対する「これは自分が本当にやりたいことなのか」という疑問があったそうです。

岩上:でも、その後大きく事業内容を変更しました。僕、実はMakers Universityという起業家育成プログラムに参加していて、そこで先輩起業家から「起業家として、しんどいことを乗り越えるためには、自分が本当に解決したいこと、もしくは自分が心から好きなこと、のどちらかじゃないと不可能。」と言われたんです。


そして、半年間飲食店向けのサービスを走らせる中で、僕自身もそれを実感していました。どこかサッカーにひたすら熱中していたときとは違うなというか。なので自分が本当にやりたいことは何かを考え、事業領域から全て見直し、そこで辿り着いたのが「アイドル」です。

冒頭で現れた気になるワード「アイドル」。ここで岩上くんのアイドル愛について、少し深入りして語っていただくことにしました。

岩上:アイドルにハマったのは中学生のときです。AKBにどハマりしました。


それ以前もアイドル自体は存在していたと思うんですけど、僕、シンガポールにいたので全く知らなかったんですね。それで帰国したら、テレビで制服を着た可愛い女の子たちが踊っているわけじゃないですか、その可愛さに魅了されて(笑) そこから劇場に通うようになりました。


今は、もちろんAKBや乃木坂といった有名どころも好きで詳しいんですけど、それよりも僕がはまったのは「地下アイドル」でした。


距離感が近いのにパフォーマンスのレベルが高いところに魅力を感じているのと、地下アイドル人口ってすごく多くて、2万人くらいいると言われているんですけど、その中で一握りのポジションを狙って頑張っている姿、泥臭い感じが好きなんです。


自身を生粋の「オタク」だと語る岩上君。オタクとしてのアイドル愛があったからこそ、気付けた業界の課題があったそうです。大好きなアイドルのために事業をしようと決めてから、今の事業がどのように形作られていったのか、お話をうかがいました。

オタクのオタクによる
アイドルのための会社を

岩上:オタクって自分が好きなものに大量にお金をつぎ込む消費者としての側面が強いんですよね。


けど、そのためのお金を稼ぐために全く関係のない仕事に時間を取られるのが僕にとってはイマイチで、好きなアイドルのためにお金を使うのと同時に、そのお金を稼ぐ時間も全部アイドルのために捧げたいなと思っていたんですよ。


なので、アイドルのためにビジネスをしている会社に入ることが選択肢の一つだと考えたんですけど、そういう会社ってそもそも全然なくて。であれば、僕の会社でそれをしたらいいと思い、「オタクのオタクによるアイドルのための会社」というコンセプトで会社をリブランディングしたんです。


次に、アイドルのためになることってなんだと考えたときに、一人でも多くのアイドルがアイドルとして輝き続けられるようなサービスを創ることだと思ったんです。僕自身の経験を踏まえて思考したり、改めてヒアリングやリサーチをする中で見えてきたのは、「アイドル運営にはコストがすごくかかり、集客力をあげるための投資がしづらい」ということでした。


そういう気づきから、ITで運営コストを削減するという事業コンセプトが生まれました。また、データを活用してアイドルの集客力を上げ、一人でも多くのアイドルがより輝けるようなサービスにもしていきたいなと思いました。


詳細をお話しするのは難しいんですけど、今実際にサービスの仮説検証として、自分たちの作っているシステムを用いてアイドルのプロデュースをしようとしています。ファンの想いや彼女たちの集客力等をデータベース化することで、これまで不明瞭だったアイドルとしてのキャリアパスを可視化していこうと思っています。


実は「アオハルクエスト」とユニット名が決まったり、有名アイドルの楽曲を手がけている方にサウンドプロデュースをお願いしたりなど、着々と準備を進めていて、1月のデビューを目指しています!

岩上:もともと飲食店向けのサービスを作っていたところから、自分の本当に解決したいことか好きなことでなければやっていけないという気付きから方向転換して、今こうして事業が形になってきているんですけど、ものすごく自分の気持ちに寄り添った事業を作れているので、何をやっていても苦じゃないし、スピード感も全然違うんですよ。

本当に好きなことや解決したいことを選んで良かったと思いますし、その重要性を改めて強く感じています。

「何をしてても苦じゃない」と本当に楽しそうに語る岩上君でしたが、自分で新たに事業を立ち上げるのには相当の覚悟が必要だったはず。なぜ今それほど強い想いを持つことができているのか伺いました。

自分を信じられ、
心の底からやりたいと思うからこそ

岩上:そうですね、最初にやっていた飲食に関する事業は潰しているわけじゃないですか。当時は、独立して自分でやっていきたいとか、これまで培ってきたスキルを活かしたいとか、起業して成功したらかっこいいとか、そういうマインドセットで始めたんですね。


しかも、事業が目新しかったり、学生起業家ってキャッチーなのでイベントに呼ばれたりすることもあって、「自分っていけてるな」と思って頑張っていたんです。


でも、投資をしてもらえるという話をいただいたときに、覚悟を決めきれなくて。そのとき初めて、お客さんや投資家からお金をいただくということの大きさに気付いて、そこで覚悟を決め切れなかったのは、結局「自分自身が事業を信じられていなかった」からで、「心のそこからやりたい」と思えていなかったからだったんです。

そこから今、それこそアイドルとしてプロデュースする子たちの貴重な青春時代と夢を預かっていますし、それを一緒に叶える責任があると思っていますし、当然お金を払ってくださる方への責任もあり、背負うものって本当にたくさんあるんですけど、自分が本当にやりたいことで、好きなことだからこそ、それを背負うことへの怖さや不安はなくて、やるしかないと思っています。


もっというと、オタクとして生涯アイドルに尽くしたいという想いを実現するためには、僕が自分の会社を軌道に乗せるしかないので、本当にやるしかないと思っています。


アイドルにかける想いと覚悟を強く語ってくれた岩上君。最後に、そんな彼がどんな未来を見ているのか、お話していただきました。

岩上:これまで話してきた事業に関してはもちろんなんですけど、オタクの新たなロールモデルになれたらということを密かに思っています。というのが、これからAIが単純作業を代替するということはよく言われていることですけど、それに伴って人間の感情的な部分の重要性がすごく高まる。そして実際にそういう時代が来たとき、オタクは価値を発揮できる人材だと思うんです。

今現在は消費者でしかないですし、世間一般でのイメージは決してよくはないんですけど、オタクって「好き」にとことん熱中できる存在じゃないですか。そこに発信力が加わり、仕事を通して「好き」を活かせる環境さえあれば、その「好き」から生まれる熱量は間違いなく力を発揮すると思っています。

なので、そういう時代になるということを自分自身がロールモデルとして示していけたらと思っています。

アイドルの抱える問題を解決する、岩上君の挑戦はまだ始まったばかり。でも、彼ならきっと成し遂げるだろうと思えるほど、彼の「好き」は輝いていました。今、熱中できるものを探している方、目の前の小さな「好き」にとことん向き合ってみてはどうでしょうか。また、何らかの理由で「好き」を諦めようとしている方、もう少しだけその「好き」に向き合ってみてはどうでしょうか。そうして突き詰めて「オタク」になったときにはおそらく、岩上君のようにその気持ちで前進していけるくらい、自分自身の「好き」を信じられるようになっているかもしれません。

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