どんな困難もありたい姿を信じて乗り越えてきた男の覚悟の決め方-高塚龍海

更新日:

「どうして自分の周りではうまくいかない事ばかり起こるんだろう」「困難ばかり、自分には降りかかってくる」そんなことを感じている人もいるのではないでしょうか。



今回はたくさんの困難を経験しながらもそれを一つ一つ乗り越えて、自分のありたい姿に向かってきた高塚龍海さんにお話を伺いました。


たくさんの困難を経験してきた中で何を握りしめて頑張り続けてきたのか。苦しい中でももがき続けた原動力とは何だったのか。


その背景にある経験や高塚さんの信念を、赤裸々に語っていただきました。

高塚:

高塚龍海です。よろしくお願いします。

大学では1年生の時に関関同立交流会というイベントを作っていて、ホテルの大宴会場を貸し切って、関関同立に通う学生が交流することを目的としたイベントを作っていました。



400人規模のイベントを成功させることができ、たくさんの人に新たな出会いやきっかけを与えることができました。そのイベント後はさらにスケールを拡大し、ビジネスとしてイベントに携わり多くの人に良い影響を与えたいと思い、イベント会社を訪問してコネクションを作り、4万人規模の大きなミュージックフェスの制作チームに入って勉強させていただいていました。



イベントに携わるようになった理由については自分の幼少期からの経験の中で思うようになったので幼少期から時系列で話していきますね。

幼少期から感じていた惨めさ

高塚:

僕、そもそも家庭環境がめっちゃ悪い生まれやったんです。生まれたときから親父は居なくて、おかんも月の手取りが17万とかの給料で僕と妹を育ててくれていたので、めっちゃ貧乏でした。



運動会もみんな豪勢な弁当食べているのに僕らだけ三人めっちゃ小さいシートに座ってしょぼい弁当食べているみたいな。他にも、月曜日の学校で同級生が週末にどこ行ってきてとか、友達の家でバーベキューしてとか、そういう話を聞くのがめっちゃ悔しかったんです。



何で周りの家はこんな裕福で楽しそうに暮らしているのに俺はこんな惨めな思いをするんだと思っていました。その時に漠然と「俺の代から高塚家を裕福にしてやろう」、「絶対俺の子どもにはこんな暮らしさせへん」と思うようになりました。



でも、劣悪な環境の中で、非行に走ってしまった時期もありました。当時、友達とは表面的な関係で、家に帰ってもぬくもりがないと感じていました。そこにある出来事が起きて、非行に走るようになっていきました。

誰も信じることができなくなった小学生

高塚:

その出来事とは、学校の先生からかなり厳しく指導を受けたことでした。指導された原因は、友達と喧嘩したことで、職員室で頭を冷やせと言われたんです。



でも職員室がめっちゃ暑くてこれじゃ頭は冷えないと思って校庭に出たんですよ(笑) それで、朝礼台のところに移動して座っていたら、先生が来てなんで勝手に外出てるのと問い詰められて「暑かったからです」と答えたらめちゃくちゃ怒られて、ここでは言えないほど厳しく指導を受けました。



今は体罰とか厳しくなっていますよね、当時はそこまで厳しくなかったこともあると思うんですけど。その時はさすがにひどすぎると思って親に助けを求めたんです。でも親は僕の言い分を聞いてくれませんでした。



それには理由があって、僕は当時、よく誰かのもの壊したり、喧嘩したりするような悪ガキだったんです。それでよく電話がかかってきておかんが頭を下げるようなことがありました。それで親は学校側の言い分を信じてしまい、また息子が悪いことしたから先生は愛の鞭でやってくれたんだと、いつも迷惑をかけてすみませんみたいな対応をしたんです。



そのときに、僕の中で親も学校も全て敵に変わったんです。親も誰も信じれないし、自分を守ってくれる人はいない。だから、もう誰の言うこと聞かないと思って。


そのときから、学校に関わる全ての人が悪に変わり、その人を攻撃し続ける生活を送っていました。ずっとそんな日々を送っていたら学校もどんどん荒れしまって、度々教育委員会が視察に来るような学校になっていきました。

変化のきっかけ

高塚:

僕がいちばん悪さをしていたのは小6の時期でした。その時はほんとうに手のかかる生徒だったので、すでに中1の担任の先生が決まっていたほどでした。



当時「おまえの中1の担任の先生はめちゃくちゃ厳しいK先生になるから」と伝えられていました(笑) でもその時は、「どうせ変な先生やろ、かかってこいや」と思っていました。



そう思っていたら中学の入学式当日にその先生から呼び出しを食らったんです(笑) 僕、入学式当日に他の小学校の生徒にちょっかいをかけて、そのことを理由に相談室に呼び出されて「おまえがやったことと同じことやったろうか」と言われてめちゃくちゃ厳しく怒られました。



そのときは、「また力で押さえつける先生か。そんなものには負けないし、この学校つぶしてやる」と思っていました。それで、最初のうちはめちゃくちゃ反発していたんです。



でも1学期が終わるころから、その先生が人間として向き合ってくれている感じがしたんですよね。



その先生も、今はやってはいけないんですけど、どついたりとかされていました。でもその後に、なんでオレがこれをやっているかというとおまえにこれを分かってほしいからやというのを全部説明してくれて、そういう姿勢から本気で向き合ってくれていると感じるようになったんです。



「何でこんなことするねん」とか「そんなんあかんに決まってるやろう」とか一つ一つ僕の行動をちゃんと見てくれて反応してくれて、今までは周りに敵がいっぱいやったんですけど、この人はこれまでの人と違ってちゃんと自分のことを見てくれているという感覚があって、徐々にこんなに向き合ってくれる先生を失望させてはいけないと思って、この先生を悲しませるとか怒らせるようなことはもうしないと決めて、生活態度を改めていくようになりました。



そこからは、気づけば学級代表とか、クラスをまとめるリーダになって体育祭を盛り上げたりとかするようになっていきましたね。

先生からの温かい関わりによってだんだんと周りのことを信頼し、行動が変化してきた矢先、新たな環境の変化があったといいます。

大きな環境の変化

高塚:

中二になったときに母の再婚がありました。それに伴って転校をしないといけなくて、大きく環境が変わったんです。おかんも自分のことを育ててくれたし、再婚して暮らしが楽になるなら、転校するのも仕方ないかと思っていました。



ただ転校はするんですけど、前の中学では中心人物だったので、大丈夫だろうと思って、どんなもんだ新しい学校はみたいなテンションで転校したんです。そしたらすぐにその学校のスクールカーストトップの人たちに呼び出されて屋上で、おまえ調子乗ってるらしいなと詰められたんです(笑) 



前の学校のときは地元だったので、先輩とか、同級生とか色んな環境の後ろ盾とかがあったから威張れていたんですが、逆に単身一人で他の中学に乗り込んだら、スクールカーストのピラミッドの底辺なんだなと気づかされました。その立場で調子乗っているとまずいなと思い、そこからは郷に入っては郷に従おうと思って、どうやったらカーストで最底辺から上位に上がっていけるかを考えて、行動する日々を過ごしていました。



なかでも上の層の同級生から認めてもらえるように気にいられるような行動をしていました。その甲斐もあって最終的にはその子たちにも面白いやつと思われて学校生活はそんなに苦しまず楽しくはやっていけました。

その後は高校に入って新しい人間関係の中でスタートを切ったものの、思いがけない困難が待ち受けていたといいます。

高塚:

高1のときに再婚相手の親父にお前たちのことは自分の子供だとは思っていないというような発言をされました。



それまでは普通に接してくれていただけに衝撃でした。その言葉は忘れないです。



そこから、まじでこの親父を見返してやろうという気持ちは強く持つようになりました。その後は親父から陰湿ないじめを受けるようになって、家に全く居場所がなくなったので学校の先生や友達が自分の居場所でした。



あとはこの親父を見返してやりたいという想いだけ強く持って生きていました。親父は現場職していたんですけど、ある時ホワイトカラーの仕事いいよという話をしていたんです。



それを聞いてとりあえずいい大学に行くことができれば親父のいうホワイトカラーになって見返すことができると思って勉強にばちっと切り替えて勉強をし始めたんです。

家族の応援が得られない中、一人で受験勉強に立ち向かい始めた高塚さん。周りの応援が得られない中でも頑張りきることができて希望の大学に合格することができたそうです。



その頑張る原動力になったきっかけがあったといいます。

受験を頑張る原動力

高塚:

勉強始めたんですけど勉強がめちゃくちゃきつかったんです。そもそもそれまでほとんど勉強していなかったので、中学校の数学くらいから始めてましたし、家に帰っても親父に会うと何をされるかわからないので常に家を出ている生活でした。マクドで100円のコーヒーを買って10時間以上いて、勉強をして、家に帰るのは深夜三時とかでした。



そうやって勉強している中で、あるきっかけでめっちゃスイッチが入って頑張れるようになりました。それが、たまたま担任の先生が声をかけてくれたイベントでした。そのイベントは海外で活躍する大学生と社会人を高校生とつなげる座談会のようなものでした。



初めは乗り気ではなかったんですけど、いざ行ってみると、世界に出て子供のために様々な活動をしていたりとか、海外で事業をしていたりとかそういう話をたくさん聞けました。その話が僕にとってはすごく衝撃でした。



僕は当時高校生で、地元で家と学校を往復する毎日だったので、年齢が2,3コしか変わらない大学生が世界に羽ばたいているのを目の当たりにして、「かっこいい、自分もなりたい」と強く思いました。



そこで、そこに来ていた大学生の方にどうすれば同じような大学生になれますかと聞くと、とりあえず関関同立には面白い人がたくさんいるからそこに入れば、たくさんの機会があるよと教えてもらいました。その出来事をきっかけに勉強をさらに頑張り始めて毎日12時間ほど勉強するようになっていきました。



もちろん受験までの期間は長かったのでしんどい時期もあり、みんなは親に応援されておいしいご飯を食べながら勉強を頑張っているのをSNSとかにあげているのに、自分はなんでこんな状態やねんと思うこともありました。



でも、親父を見返すという目標とイベントで出会った方のように絶対キラキラした大学生になってやる、そのためには関関同立以上行ってやるという気持ちでやり抜きました。



だから合格したときはほんっまに震えました(笑)

いくつもの苦境を乗り越えて大学受験に合格した高塚さん、大学に入学してからは、イベントを作る側になっていきました。


その背景には自分自身がイベントによって良い影響をもらったという想いがありました。

次は自分がイベントの作り手へ

高塚:

大学に入学してからは、高校生のときに自分の原動力になったようなイベントを作れるようになりたいと思っていました。



そんな中、大学入学後価値観の合う友達に出会い、意気投合して結構勢いでイベントを開くことになり、とりあえず日程を決めたんです。ただその日程が開催まで残り50日しかないスケジュールだったんです(笑)



当時クラブイベントがすごく流行っていたんですけど、自分たちが作りたいのは周りがやっていることではないとイベントの運営メンバーで話し合い、自分たちが作りたいイベントを考えていきました。



僕は人との出会いが頑張る原動力になった過去の経験から、たくさんの出会いがあるイベントを作りたいと思ったんです。そこで思いついたのが今までとは全く違うイベントで、参加者全員がドレスコードでバッチリ決めて参加する大人なパーティーのようなイベントでした。



ただホテルの宴会場を貸切ってイベントをするとなるとお金も、集客も、そのほかの準備等もかなり急ピッチで進めていく必要がありました。何とかこのイベントを成功させようと思っていたので周りに厳しい鬼のような代表だったと思います。



例えばミーティングとかに遅刻してきたならどうして遅刻したのかを叱責したりとか各領域ごとの進捗状況を確認して全然進んでいないよなどの声掛けをずっとしていたりとか。当時はメンバーからは嫌われているだろうなと思いながら活動していました。



それでも活動していたのは、やっぱり僕が作るイベントの場での出会いで参加者に何か変わってもらいたいし、自分もそういう未来を作りたいという想いがあったからです。だからこそ自分は嫌われてでも成功させたかったです。



もちろん失敗すると赤字を背負うという怖さとか、成功させたら自分めっちゃイケてるという想いもありましたが(笑)



結果としては、ちゃんと目標人数も達成してSNSでもかなり話題になるイベントを作り上げることができました。今でもSNSを見ているとそこで出会った人同士が会っている様子を目にしたりとかもするほどです。



でもそれだけではなくて、意外なところからもいい反響がありました。それは運営メンバーの仲間たちからでした。先ほど話したように鬼のようなリーダーだったので運営メンバーからは嫌われていると思っていました。



でも、イベントが終わった後にメンバーが40人程いたんですが、サプライズムービーを流してくれました。また個別でもたくさんメッセージを送ってくれて、「龍海に出会って、こんな素晴らしい大学生活になった」とか「運営メンバーに誘ってくれたおかげで、大学生活これまで全く面白くなかったけど、こんな仲間ができて、おれの大学生活にすごい光を与えてくれてありがとう」とか見たときは、ほんとうにうれしくてぼろ泣きしました(笑) 



参加者や運営メンバーに対してポジティブな影響を与えることができて、自分のありたい姿に近づけたという実感があってすごくうれしかったですね。

人に良い影響を与える人になりたいと新たなステージへ

高塚:

そこからは、イベントを自分で開催することはできたんですが、もっとスケールを拡大してビジネスとしてイベントに関わってより多くの人に影響を与えたいという想いから、かなり大きなミュージックフェスの制作チームに入って勉強をさせていただいていました。



そこでは、フェスに来ないような学生に対してフェスの認知向上と集客数向上というミッションをもらい、それに対して提案をして一企画を担当させてもらっていました。具体的に行ったこととしては、フェスにはフードエリアという食事をするスペースが必ず存在しているんですけど、そこはそれまではご飯を食べるだけの場所になっていてもったいないと感じていました。



なので、ご飯を食べながら何か楽しめるようなコンテンツを作りたいと考え、そこで出すコンテンツとして、大学のダンスとかアカペラとかのエンターテイメント系のサークルに演者として参加してもらえば、今までフェスがリーチできていない層にもリーチできるのではないかと考えついたんです。



というのも、そういうなんらかのパフォーマンスをして人を楽しませるようなサークルってかなりレベルが高いにも関わらず、自分たちで身銭を切って公演していて、それがもったいないと思っていたんです。



フードエリアで公演できれば演者として来てもらうのでサークル側としても良いし、エンタメ系のサークルに来てもらえれば、フェスの運営側としても、新しい学生の層に対してもリーチでき、ゲストが来年からの母集団にもなり得ると思ってその企画を立案し進めていきました。



そこからは、各サークルの代表にアポを取り、演者として参加してもらうための営業活動をしていました。結果、10サークル以上来てくれてゲストは400人を超えていたと思います。SNSでのインプレッションも相当すごい数になってかなりの大成功を収めることができました。

フェス運営側で見れた景色

高塚:

エンタメってまじですごいなと感じたことがあります。運営側だったのでフェスの当日に、ステージの端から、会場の様子を見ることができたんです。そのときに、野外で4万人が演者に対して熱狂しているところを演者の目線で見ることができました。



そこでは4万人が僕の方に向かって、熱狂しているように見えました。それを見たときにやばいと思って、こんな4万人を熱狂させるコンテンツを自分も作りたい、自分がやりたいと思っているエンタメは、これなんだという確信というか、こういう大多数を感動させられる熱狂させられるコンテンツを作りたいという想いを強烈に持つようになりました。



その想いを強く持ってきたからこそ、しんどいことがあっても、あの景色を作るためにと思って頑張り続けることができました。

多くの困難な状況を乗り越えてきた高塚さん。


それを乗り越えることができたのは常に自分のたどり着きたい未来を握りしめ続けていたからだといいます。

高塚さんの原動力

高塚:

もちろん困難な状況はしんどいです。でもそれは仕方ないと思っています。



自分が描きたい未来になるためには仕方のないことなんです。



例えば、先ほどお話しした受験勉強とかでもやるしかなかったんです。居場所もないですし、勉強も今までやっていないからどうしたらいいかわからない。でもやるしかないんです。



例えでいうなら、最近キングダムと言う漫画にはまっているんですが、めちゃくちゃ立場の悪い農民がいて「この状況じゃいけない」「未来を変えたい」と思っていたら、ほんの少しでも光が見えていたら、そこに向かってたどり着ける根拠はないけど進むと思うんです。



そういう感覚です。自分がやりたいことやし、自分が実現したいことなのでこれを乗り越えた先に素晴らしい未来が待っていると信じて突き進み続けました。

高塚さんが見据える未来

高塚:

最終ゴールはすごいと言ってもらえるパパになることです。



自分自身あまり恵まれない家庭環境で育ったと思うこともあり、子どもが自分のパパはすごいんだよと自慢できるようなパパになりたいんです。そのためには日々成長していきたいし、自分の強みを生かして活躍して一つ一つ成果を出していきたいんです。



来年からは社会人としてある会社で働くんですけど、かなり周りのレベルは高いなと僕自身不安に思うことはあります。でも自分にはゴールが明確にあるのでそこに向けて頑張り続けたいなと思います。



夢とか目標はめちゃくちゃ頑張る力になると思うんです。だから自分はやりたいこととか目標とか、すぐに口に出すようにしています。



「こういうことしたい」とか「こういう人間になりたい」とか、周りに口に出して発信していけば、徐々にそういう環境が整って来るんだと思います。整ってくればさらに、自分の夢に対して愚直に頑張る、その繰り返しがすごく重要だと思います。



自分の夢に向かって進んでいくしかないんです。

自分の目標やゴールを決めることは簡単なことではないでしょう。「決める」ということは、それができなかったときに自分の無力さを実感することにもつながります。周りから馬鹿にされることもあります。


それでも高塚さんの生き様に心動かされたなら、あなたも何かに打ち込む人生を望んでいるのではないでしょうか。


誰かの頑張る物語が人の勇気ある一歩につながることを信じて。

-ARTICLE

Copyright© STORY Walker , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.