「周りの人と同じ自分は嫌」一人の道産子が考え抜いてたどり着いた結論とは-千葉佳祐

投稿日:

今回お話を伺ったのは大学院を休学してnanoFreaksという会社を立ち上げた千葉佳祐さんです。


千葉さんが起業を志すようになったのは幼少期から感じていた人と違う自分になりたいという想いだったといいます。


周りの人と同じ自分はいやだ。少なからず誰しもが持つであろう感情に千葉さんがどの様に向き合ってきたのかお話しくださいました。

現在取り組んでいること

千葉:

千葉佳祐といいます。よろしくお願いいたします。現在は九州大学の大学院に所属しています。地元は北海道の紋別市という田舎です。大学は山形大学を卒業して、大学院から九州大学に進学し、そこでは研究以外にもスタートアップにも興味を持ちビジネスコンテストに出場したりしました。



そして今は、大学院を休学してその団体の仲間たちと起業した会社にフルコミットしています。


会社のサービス「yobimori」は漁師などの船に乗る人をターゲットとして、海上でトラブルが発生したときに、トラブルに巻き込まれた本人が仲間や海上保安庁に自らSOSを発信し、即時的に対応を開始できる仕組みを作っています。



これまで、船上にいる漁師や乗組員は、船に乗っていて転落等のトラブルに巻き込まれた際に連絡する手段がなく、誰もトラブルに巻き込まれたことに気づけないことが大きな課題で、その解決を目指して開発しました。



僕が海事という珍しい領域でサービスを作った背景はまた後ほどお話します。

会社を始めたきっかけ

千葉:

昔から事業をやりたいとか、今のようなサービスを作りたいとか思っていたわけではないんです。大学4年時から、進路のことは考えていましたが、当時はしたいことが明確にあったわけでなく、ふわっとしていました。



ただ絶対にみんなと同じことはしたくないという想いはあり、みんなと同じことをすることは価値のないことだ、くらいに思っていました。そのため、名の知れた会社に就職するという選択肢はなくて、自力でお金を稼いでいくか、自分が心からやりたいと思えることがある会社に入社するかの二択でした。



自力で稼ぐには、会社を興す、ネットで稼ぐなど、色んな手段があると思っていたので、ぼんやりしていたんです。ただ、このまま何も行動しないままでは本当にやりたいのかどうかもわからないと思い、九大に来てからはスタートアップのような会社を興す人のコミュニティに所属し、自力で稼ぐという選択肢を知るために活動していました。



それがすごく楽しかっんです。夢があるし、自分もこの世界でやりたいなと思いました。でも、実際に何をするのかは全く決まっていなくて。最初はこういうサービスがあったらいいな、面白そうだなみたいな感じで考えていました。



ただ、そういった活動を続けているうちに、これでいいのかと考えるようになりました。というのも、スタートアップを立ち上げるに当たって、当然かなりのリスクを取って挑むことになるので、本当にその事業を選択して自分がやりきれるのか疑問に感じるようになったんです。

自分の身の回りにいる人を喜ばせる プロダクトを作ると決めた

千葉:

そこで本当に自分が覚悟を決められる事業を考えようと、自分の生い立ちを全て振り返り、今の事業に取り組むことに決めました。



実は、僕の地元の紋別市は漁師町だったので、何年間に1回くらいは海難事故によって誰かがいなくなることがあって、僕のじいちゃんも漁師をだったんですが僕が生まれる前に海の事故で亡くなっているんです。それで僕のばあちゃんは、新婚でひとり身になって、いろいろ苦労したという話もよく聞いていました。



ばあちゃんが旦那さんを亡くした事故を改善するプロダクトを作れば絶対ばあちゃんも喜ぶなという想いが決定打になり、今実際に取り組んでいます。

(千葉さんの地元紋別市の写真)

大学4年生から自らの進路について考えはじめ、起業するという決断をした千葉さん。そもそも人と違う選択をしたいと考えるようになったのは幼少期からの経験があったそうです。

孤独感を感じていた幼少期

千葉:

僕が人と違う選択をしていこうと考えるようになったのは小学生あたりからです。その背景は自分を認めてもらいたいという気持ちでした。



僕は、幼少期から大人びていて、あまり周りの子たちと価値観が合わなかったんです。同級生たちがふざけて楽しんでいるのを見ても自分は全く楽しめないことがあったりして、保育所に通っていたときも、同級生に馴染めず一つ上のクラスに入れてもらっていたほどでした。



当時、一番大変だったのはこの同世代と分かり合えないことでした。楽しいと思うことが全然違うなど、ギャップは日々感じていましたし、考えていることが違いすぎたり、ずれてしまったりしていることが辛かったです。毎日どこかで孤独を感じていて、理解しあえている感覚を持てませんでした。



他者と理解しあう、他者に自分を認めてもらう経験がすごく少なかったからこそ、周りに認められる自分になりたいと強く思うようになりました。


当時はこの悩みの感覚すらも誰とも共有できなかったので、それもすごくしんどかったです。



実はそのときによくやっていたのが、布団に入って音楽を聞くことでした(笑) 歌詞って自分自身が言葉にできていない痛みや辛さを言葉にしてくれていると感じていて。



だからこそ、自分と同じ感覚を持っている人がいたんだと思えると救われることがあったり、他の人の理解できなかった行動についても、歌詞によって少し理解できるようになったりして、音楽の力には本当に救われました。特にBUMP OF CHICKENは当時ずっと聞いていました。

幼少期、自分自身と同世代の間の感覚のギャップに苦しんできた千葉さん。その後は自らの価値を証明したいと思い行動してきたといいます。

自分の価値を発揮して生きたいと思った

千葉:

大学に入学してからは、単身山形に飛び込んでいったので、 道産子的には海外に行くような感覚でした(笑)



大学ではサークルと授業が中心でした。1-3年生くらいまではずっとそういう過ごし方だったんですが、4年生から研究室に所属するようになって少し環境が変わり、研究をしつつ、自分の将来について考えるようになりました。自分が社会に出るタイミングが近づいてきていたので。そこで考えていたのは自分がどういう状態であれば幸せなのかということでした。



自分の人生を振り返って感じたのは、僕にとっての幸せは二つあって一つは話してきたように人に何か提供して喜んでもらうこと。もう一つは人と広く深く関わっていくことだと思いました。


一つ目は自分がしたことを喜んでもらい、何かを返してもらうことは、自分がしたことを認めてもらえる感覚があってすごく嬉しかったんです。二つ目は自分の家庭がすごく人との縁を大切にしていて恩返しとか助け合いが大事だよと育ってきました。



実際にそう言った考えを大切にしてきて人とのつながりが広がって、自分の知らない世界を知ることができたり、困ったときには助けてもらえたこともありました。その二つの考え方を大切にしてきたので、自分が発揮したい価値を具体的にしていくことと、環境を変えて新しいつながりを作ろうと思い大学院に進学することに決めました。

自分の将来を描こうと考え続けた大学院時代

千葉:

大学院に入学後、九州大学にスタートアップのコミュニティがあったので、そこで起業について学ぼうと考えました。言葉にすると簡単なことのように聞こえると思うんですが、当時はかなり緊張していました。



というのも、僕は大学院生でしたが、参加していたコミュニティにいたのはほとんど大学1,2年生だったので、自分が参加してもいいのかと不安な気持ちはありました。



でも、大学院に進学したのは、自分の将来を深く考えるためと強く思えていたので、そこで行動することをやめるという選択は全くありませんでした。



そこからは実際に、様々なビジネスコンテストに参加していました。スタートアップの界隈で活動していて感じたことは、そこでワクワクしながら活動している人たちの姿はかっこいい、自分もそうなりたいということでした。


その方たちは、自分が価値を提供して相手を喜ばせたいと思って活動されていたところに強く惹かれたんです。



先ほどもお話したんですけど、僕は自分がしたことに対して、人に喜んでもらって何か返って来るときが幸せだと思っていました。そしてその喜ばす総量を増やせるのがスタートアップだと思えたので、起業することを決意しました。

価値観の起点となったのは祖母の存在

千葉:

僕が人に喜んでほしいと思うようになったのはばあちゃんの存在が大きいんです。ばあちゃんは自分よりも人のために常に動いているような人でした。誰に対しても何でも与えまくるんです。



しかも、それが恩着せがましくなくて、心から人を喜ばせたいという想いで行動していました。その生き様にすごくかっこよさを感じて、自分もそうありたいと思うようになりました。本当にばあちゃんはいつか神様になるんだろうと思っているんくらいなんですけど(笑)



今の事業はそのばあちゃんのためになるということが強いモチベーションですね。

(千葉さんが慕うおばあちゃんが寒そうなお地蔵さんに服を着せているところ)

大学院入学後自分の将来を見据えて行動し、起業する決断をした千葉さん。実際に起業してからはどの様なことを感じているのでしょうか。

起業後

千葉:

起業してからは、ずっと今が一番楽しく、一番きつくもありますね(笑)



休学したことで、生活も大きく変化し、学校も行かないので毎日自分の事業のことを考えて、自分で実行する、全て自分の頭で考えるんです。そういう毎日に、生きている実感を強く持っています。



今までの自分がいかに周囲に流されていたのかにきづきました(笑)


逆に一番つらいことは何もないところから何かを作り上げていくことですね。その過程でわからないことに取り組み続けないといけないんです。例えばうちの会社でいうとプロダクトがあるので、そのプロダクトってどうやって作るの、どこの工場に受注したらいいのと何もわからないところを、決断して突き進み続けないといけない。これは正直かなりしんどいです。



でも僕は幸い周りにいる仲間と応援してくれる人がすごく助けてくれて。どうしたらいいかわからなくて悩んでいるときに、「おまえはこれをやるしかない」と何度も背中を押してもらいました。



そして、苦悩を超えた先には自分のプロダクトを心から喜んでくださる人の姿もあります。それはこの上ない喜びです。

最後に今現在打ち込むことがなくて悩んでいる学生にメッセージをお願いします。

千葉:

自分が今打ち込んでいる事にたどり着くまでを考えると、幼少期は周りになじむことが出来ず、何で自分は周りと違うんだろうと自分について考え続けてきました。



結果として自分が望むことに気づけて、それに向けて、行動を起こすことができました。そして実際に行動していく中で今やっている事業にたどり着きました。



今悩んでいる人もまずは自分自身についてよく知ること、そして、そこから自分が望んでいる事に思い切って飛び込んでみるといいと思います。



もちろん自分の気持ちや考えは変わっていくので一度考えて終わりではなく考え続けていくことも大切だと思います。

現在自らの幸せに向かって起業されている千葉さん。決して傲慢な考え方を持たずに、人に対して誠実に向き合ってきたことを感じるインタビューでした。


「自分は何を望んでいるのか」という質問は何か変えたいけど、どうしていいかわからないと悩んでいる人にとって大きなヒントなのではないでしょうか。

千葉さんの会社に興味を持った方はこちらから

nanoFreaks 会社ホームページ

千葉さんTwitterアカウント

-ARTICLE

Copyright© STORY Walker , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.